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地震から一週間。

 地震から一週間が経ってしまいました。あっという間です。
 あの大きな揺れの瞬間、携帯のカメラで撮った動画が出てきました。目標物が定まらず、とにかく揺れの音がすごかったというだけです。
 その後、NHKを録画した映像も出てきました。震度7の文字。激しく揺れる渋谷の映像。突然鳴り出す緊急警報放送のピロピロ音。すべてが恐怖です。

 私のような放送マニアは、こういった災害時の特番を録画したり、各局の対応などに目を向けていましたが、広い意味で被災者になった身としてはその特番がどれだけ被災地には必要の無いものかがよくわかった気がします。地元、とちぎテレビは発生14分後の午後3時丁度に通販を中断して、スタジオからニュースを入れました。対応はキー局に比べれば遅いかもしれません。しかし、必要な情報を放送していました。各市町に住む方に電話を入れて、周りがどうなっているか聞くだけでも知っているところ、知っている人が出れば、ホッとするものです。交通機関の情報や現在通れる道路、停電の情報、すべてが我々が矢板から宝積寺に動く時、必要としていたものでした。また、レディオ・ベリーは各学校や幼稚園・保育園の安否情報、および卒業式などの対応についてもすばやく放送していました。その点、栃木放送は5時ごろに聞いた限りでは共同通信からの配信であろうニュース原稿のみで遅かった気がします。翌日はしっかりと生活情報が出ていたので、役に立ちましたが。

 やはりこういった災害が起きた時に被災者が何を必要と考えているのか、これが大切なことです。電話もつながりにくい、メールも送りにくい、このときに放送には何が出来るのか。とちテレやレディオ・ベリーは真っ先にこういった情報を流してくれました。栃木放送も翌日には整理してしっかり、繰り返し、放送してくれました。


 私は何回か放送局に情報提供のメールを送りました。高校の生徒会長という役柄もあり、とにかく休校情報を繰り返してくれとも書きました。実際、私が通っている高校でも、同級生から休校の連絡が回っていないとメールが来て、そいつのクラスの知っている限りのメンバーに連絡を入れると、やはり電話が来ていないとか、そういった返信がきました。やはり、つながりにくくなっている現状もありますし、避難所にいる生徒もいたみたいですから、仕方ありません。そういったときに、信頼できる放送局で流してもらえるととても安心します。今回は、さすがにいつもは見ないと言うとちぎテレビを見ている生徒も多くいました。だからこそ、地元の密着した放送局は重要だと感じました。学生の立場として、今回強く強く感じたことです。

 キー局では、被災者の感情を逆撫でする映像も多くあったと聞いています。それらを見ている人間がいうべきことではありませんが、本当にそういったことはやめていただきたい。今必要としているのは、生活の情報。東京のテレビ局がすることは惨状を映し出すのではなく、サンドウィッチマンの呼びかけがどれだけスゴイ効果だったか、そしてそれをすること。
 彼らは一人でも多くの避難所の方を映して、全国で心配している方々を安心させてほしいというようなことを述べていました。徐々に各局やり始めていますが、私が見ていると「テレビで顔が見れて安否が確認できた」という人が多くいます。すごいいいことじゃないですか。ただでさえ電話がつながらないときに、これはとても効率的な方法ではないでしょうか。これから万一、どこかで大規模災害が起きたとき、放送局は被災者の顔と声を伝えてください。

 計画停電も実施されていますね。我が家のある地区はなぜか除外エリアになっているのですが、節電は心がけています。風呂もなるべく時間を詰めて入っていますし、テレビとかDVDデッキなど以外の抜いておけるコンセントはみんな抜いています。当然かもしれないけれど、今一度しっかりやらんとね。
 東電の記者会見の社員さんやて、各地の社員さんやてみんな苦労してはります。原発の最前線で働いている東電社員、自衛隊、東京消防庁、関係の皆さん、死と隣りあわせで頑張ってはる。俺らも何かせんとアカンということで、生徒会の役員から声が上がり、昨日、矢板のボランティアセンターに電話しました。高校生だから塀の撤去とかは危険を伴うけれども、給水所の手伝いをしてほしいという連絡を受けました。まだ今のところは大丈夫だとのことですが、これからの春休み、学校の補講などが無ければさせていただく予定です。センター側にもそれで了承を頂きました。

 あと、母親に言われたことなんですが、前記したようにテレビを録画していること、これは今後後世に伝えるために重要な財産になる、ということ。一つ一つの物事の動き、その対応、また救助された人々、再会する人々、いろいろな場面が収められた映像は、大切だというのです。私も出来る限り、震災で見直された日本人の強さを録画して、残せればいいなと考えを新たにした次第です。


 最後に、こんなときにくだらない話やと私も思うんですが、プロ野球の話。一ファンとしてさせてください。
 セントラルは震災も野球も何も考えていない、ただ営業利益だけしか見ていない。パシフィックの4月12日やて早すぎるのに、3月25日を29日にしただけって何も変わっていない。野球の中身にしても、延長戦はなしって野球の醍醐味無くすんかい。減灯ナイターって安全性もない。選手のプレーにも少なからず影響は出る。観客の安全性やて最低限守れるか?中途半端すぎんねん。大げさかもしれませんが、震災の被災地だけでなく、野球を冒涜しとる。
 デーゲームでも球場設備の中で電気を使うでしょうよ。本当に東北電力・東京電力管内では野球やめて。被災地もまだまだ落ち着かへんから。見られへんから。元気与えるとかそういう時期ちゃうから。
 
 やるなら、中部電力以西の電力管内でやるならいいとは思いますよ。野球やるのも、野球場だけの問題やのうて、ファンを運ぶ電車とかも動かさなならんし、混乱生じるのは必須です。頼むから、計画停電が行われている、もしくは行われる予定の管内では、デーorナイトゲーム問わず、やめてくれ。ナベツネ。あんたが一番厄介や。
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地震発生から…

 テレビ・ラジオで見聞きすること、多くに心を痛めています。
 ただ、我々は今、出来る事をするしかありません。節電、募金、などなど。

 私も発生から昨日、ようやく町内を自転車で回ってきました。ざっと報告しておきます。
 大谷石の塀で倒れていないのは無かった気がします。JR東北本線の跨線橋も段差が出来て、自動車は通れなくなっていました。宝積寺駅は券売機のところにシャッターが下りていて、改札は紐で閉鎖されていました。窓口で状況を聞くと、宝積寺から北、矢板方面は酷い状況だと言う事でした。その夜にも何とかつながったJRのお客様センターに聞くと、代替バスの目途も経っていないと言っていました。

 前の記事にも書いた、駅前のちょっ蔵ホールの前で学校で生徒会新聞に地震の被害状況として使うための写真を撮っていると、6,70代の女性に出会いました。話をすると、その女性は隣町の氏家のスーパーで買い物をしている時に地震に遭ったそうです。棚から物が落ちたりして、危なかったそうですが、何とか脱出できたと言っていました。1時間近く世間話などで話し込んでしまいましたが、やはり話をするということは大切だなと感じました。

 学校は今日改めて連絡があり、明日、明後日と休校の連絡が来ました。高校のある矢板は水道管の陥没で断水が引き続いており、復旧は3週間ほどかかるとか。また、木曜日以降は通常授業の予定と言っていましたが、交通手段が無いので、正直現時点では無理です。車もガソリンが限られてきているために、両親は自転車でフル出動。町内のあちこちで買い物してきました。

 両親の話では、町内のバイパス沿いのガソリンスタンドは1kmほど渋滞が出来ていたそうです。農協の直売所は野菜が偏りがちなものの、販売されていると言う事でした。スーパーに行った父親の話では、豚肉しかなく、牛肉は入ってきていないとの事。私は昨日、コンビニを数件回りましたが、どこも食品の棚には何もありません。行った1件ではアイスが溶けてしまっていると言う事で、無料で沢山頂いてきました。売り物にはなりませんが、我が家ではおやつとして、しっかり頂いています。

 昨日町内を回った理由としては、一つに新聞を買いそろえるという目的があったんですが、どこも原発の爆発の写真でした。新聞の写真は悲惨なものが多い一方で、中には再会とか泣いてしまうようなものもありました。こういうものばかりだったらいいのですが…。


 さて、テレビ・ラジオですが、各局特番の体制が敷かれていますね。ただ、レギュラー番組もそこそこやっているので、見慣れた顔を見るだけでも安心します。
 キー局は割愛しますが、とちぎテレビは朝の「ニュースとちぎの朝」がいつもの06:30~07:30から大幅に拡大し、10時まで放送されました。また、「イブニング6」、「ニュースワイド21」も朝に準じて、OP/EDを省略し、また特別に、12:20~13:00、15:00~15:30、23:30~24:00に臨時ニュースをやっています。ほぼ一日中L字で開店情報、休校情報、断水情報、金融機関情報などを提供している状況です。

 ラジオは栃木放送は新聞を見る限りは通常番組のようですが、実際は分かりませんでした。レディオ・ベリーは夕方のワイド番組で今までどおりの交通情報のジングルが流れているので、ほぼ通常通りの放送なのかもしれません。NHK-FMは県域で放送しているようにも思われました(宇都宮と水戸を聴き比べて)。これらは今日の午後5時前の状況です。


 被災地のほうでも大変なことになっているようです。
 宮城の東北放送ラジオが送信所のある仙台市若林区で津波被害に逢い、停電も起こり、非常電源も燃料が尽きて、富谷かどこか分かりませんが、5wという超微力で放送しているようです。いつも聴こえる当地でも全く聴こえません。夜間も然りです。NHK仙台は生きているようです。
 FMいずみはブログを見る限り、機材が損傷しており、簡易機材で、また節電のために時間を限って、放送しているようです。
 他、仙台ラジオ3、塩釜CFMはHPが確認できず、石巻、仙台太白、岩沼、登米はそれぞれ更新できない状況と思われます。ただ、太白のパーソナリティの方のブログは結構高頻度で更新されています。

 岩手、福島県を始めとして、隣県の放送局も特別番組になっています。被災者の方々に、正しい情報が伝わることを願っています。

地震報告

 管理人のみーやです。栃木も震度6強を観測しました。被災されました方々には心よりお見舞い申し上げます。

 地震発生時、私は高校でライティングの授業を受けていたところでした。小テストの回答中に、ミシミシ…と揺れだして、先生が「本震だろうね」と言い出し、しばらくは小さな揺れが続きました。しかし、だんだん大きくなってきて、「柱に寄って!」という声とともに柱によると、激しい揺れ。10秒から20秒は続いていたと思います。窓越しに学校の裏手の住宅の電線が切れて、見えるものは激しく揺れ、今までに無い揺れだと気付きました。女子は泣き叫び、私は携帯でワンセグを起動させ、NHKを見ると、国会中継の映像に「震度7 宮城北部」の文字。別の生徒が教頭が校庭に出ろって言ってる、と言うので、すぐに校庭に。私はそれに気付いていないほかのクラスに行って、指示を伝え、すぐに逃げました。校庭で1時間ぐらい待機して、4時前に下校できるものは解散との指示。そうでないものは、体育館で待機しても良い、とのことでしたが、一刻も早く帰りたい私と友人は、自転車で高根沢に帰るか、などと相談して、そうすることにしました。

 しかし、高根沢-矢板は車でも1時間近くかかるのに、信号も点いていない中どうする、という話になったところで、別の友人の父親と電話がつながり、送ってくれるとの事。なるべく近い場所で拾ってもらうために、国道沿いにずっと歩き、5時半ごろようやく車に乗れました。国道4号は停電で信号も点かず、また県警も幹線路にもかかわらず、まったく人員を配置していないので、事故も多発していました。氏家矢板バイパスを抜けて、蒲須坂付近で渋滞してきたので、農道→グリーンラインに逃げて、宝積寺には6時過ぎぐらいに到着しました。

 宝積寺駅の駅前にある雑貨店は棚が倒れ、店内はメチャクチャ。ちょっ蔵ホールというバンドの練習場は大谷石が部分的に崩れていました。駅もガラスが割れているところがあるらしく、あまり近づかないようにと、商工会のおっちゃんの話。自転車置場に行くと、また別の大谷石作りの農協倉庫が半壊状態。フェンスを越えて、自転車が何台か下敷きになっていました。自分たちは無事、自転車が生きていたので、それで帰ることに。街中は大谷石の塀があちこちで崩れていましたし、街中も古い住宅は半壊しているところもあり、メチャクチャでした。

 家に帰宅すると、家族全員無事である事が確認できました。父親は、本田技研の勤務なのですが、しきりにニュースで死亡者が出ていると言っていたので、心配していました。1階で会議を始める前に遭遇し、すぐにベランダから飛び出したといっていました。その後、恐る恐る建物の中の自分のデスクに行くと、照明が全部落ちてきていたそうです。
 母親は自宅におり、冷蔵庫と食器棚を必死に押さえていたそうです。無理だと気付いて、外に出たそうですが、何も被害がなくて、よかったと言っていました。妹は小学校で体育の授業中、グラウンドで遭遇し、そのまま下校になったそうです。避難場所になるはずの体育館は水銀灯が全て落下してしまい、どうにもならないらしく、その場で月・火の休校を知らされたと言っていました。

 発生日の夜は停電していたので、夕食のパンもそこそこにすぐに寝ました。ラジオをかけていましたが、ずっと緊急地震速報の音が流れていたので、あまり寝られませんでした。次の日は6時半頃に、父親が新聞を持ってきて、「えらいことなっとる!」という声で目が覚めました。震度7の見出しと気仙沼の津波後の写真でした。8時ぐらいまでうだうだして、それから部屋の片づけをしていました。タンス・机・テレビ台、すべてが動き、クローゼットの中は倒れてきた荷物でどうにも出来ず、結局夜中までかかってしまいました。昼になっても電気が点かず、ガスも危ないので、カセットコンロで湯を沸かしてラーメンを食べました。昼2時ごろにようやく電気が復旧し、家族全員みなテレビに釘付け。各地の津波の映像、揺れの激しさを感じました。

 それからは概ね普通の生活に戻りつつありますが、食器や割れ物はもいくつか割れましたし、片付けだけで大変です。水もにごっていて、食用には使えません。街中も父親が食品を買いにあちこち回ったらしいですが、どこも行列ではずれのスーパーでようやく揚げ物だけ買えたといっていました。コンビニも近所のローソンぐらいしか開いていないらしいです。鉄道も東北線の宇都宮-黒磯、烏山線全線が不通で、自分の通う高校にはほとんどの生徒が通学できません。さきほど、担任から休校の連絡がありました。高校のある矢板は断水がずっと続いているらしく、友人からは大変だ、とメールが来ていました。

 今回、大津波の恐怖を思い知らされました。住宅を根こそぎ持って行ってしまう水の恐ろしさ。テレビの映像を見るたびに、信じられないのひとことしかありません。余震もずっと続いていて、夜もあまり眠れません。ましてや震源地に近い地域の方々はなおさらです。それに原発もとても心配です。多くの命が助けられること、そして時間はかかることは確実ですが、皆さんが普通の生活に戻れることを祈っています。


 こんな中でもテレビをしっかり見ていました。発生当初、NHKは国会中継中でしたが、すぐに臨時ニュースに切り替わりました。とちぎテレビも3時前ぐらいに臨時ニュースがスタート。テレビ東京はその前後にニュースが始まっていました。とちぎテレビは確認できた午後6時過ぎまではずっとニュースでした。翌日の朝もスタジオからのニュースを確認しています。昨日の午後3時でニュースを終了し、天カメ映像とL字で情報を提供していました。昨日は午後6時から20分ニュースを放送した以外はすべて、天カメ+L字で終夜放送でした。今日は通常番組を放送しつつ、L字で対応。午後12時過ぎからはまた天カメ+L字で対応しています。
 また、テレビで緊急地震速報も確認しました。とちぎテレビはNHKやキー局の共通音ではなく、自局のニュース速報の音でした。テレビ東京やフジテレビ、日本テレビは地図とテロップでの表示でした。


 ラジオは、発生日午後4時ごろから聞き始めた状況では、NHK第一は言うまでもなく臨時番組、CRTやFM栃木も臨時ニュースでしたが、CRTは共同通信からの情報ばかりで地元の情報は少なかったです。FM栃木は学校生徒無事などの情報と交通情報を中心に、時々JFNからの情報も入れていました。正直、JFNは都市の帰宅についてばかりだったので、FM栃木からのローカルが一番役に立ったと思います。交通管制センターから県内の交通情報も放送されていました。
 翌日、CRTも通常番組を中止して、特別番組を放送していました。全国ニュース→ローカルニュース・イベント情報の繰り返しでした。昼の1時過ぎにようやく交通管制センターからの情報が入っていました。


 現在も各局特別番組で対応していますが、生活情報を第一に報道していただきたいと思います。今回、身をもって痛感しました。

 このあと、私も町内をまわってきたいと思います。
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部屋はこのとおりメチャクチャです。棚のものは全部落ちて、テレビ台もカーテンのあるところにピタッと据えていましたが、かなり動きました。
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Author:みーや@栃木
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