スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

47都道府県庁所在地制覇

 実は、地震の2日前まで旅行に行っていました。まだ書き終えていなかったので下書き段階にしていて自身が着たので、しばらく公開を控えていたのですが、1ヶ月という節目もありますので、公開したいと思います。なお、地震発生前の原文ですので、今当然不通になっている区間もあります。一応、記録として残しておきます。


 ついに北海道・札幌に上陸してきました。これで47都道府県庁所在地制覇です。

 今回は高校入試の休みを利用し、北海道を一周するような形で旅行して来ました。しかも今回は鉄道好きの後輩を連れて。
 出発は3月5日。始発のいつもの北上ルートで宝積寺→黒磯→福島→仙台→小牛田と進みます。ここでトラブル。いつもであれば、仙台10時40分発は前2両が一ノ関行き、後2両は小牛田止まりとなるのですが、今日はすべて小牛田止まりで乗り換えさせられたのです。すると、電車が来ない。20分以上遅れてきました。後輩が一ノ関駅に電話したところ、乗換え予定の12時23分発は連絡しないとのこと。ずーっと2人で相談して、盛岡と八戸の間だけ新幹線を使うことにしました。一ノ関に着いてから、盛岡の金券屋に電話して新幹線のチケットを取りおきしてもらい、盛岡まで普通列車で行きました。走って金券屋に行って、購入。途中、バス乗り場で岩手県交通と岩手県北バスの時刻表を入手。そして新幹線に乗車。せわしない旅です。
 八戸でも普通列車への乗換えが5分しかなかったのですが、何とか乗車。青森で津軽線に、蟹田で津軽海峡線に乗り換えました。スーパー白鳥は乗り心地が良かった。そして、木古内で普通列車に乗換え、函館まで行きました。函館では一旦バス乗り場で高速バスの予約券を乗車券と引き換え、市電に乗って湯の川温泉に行きます。なかなか市電が信号待ちで進まず、イライラしましたが、温泉でゆっくり出来ました。結構温泉は熱かったです。湯の川温泉東から高速はこだて号で札幌へ向かいました。

 翌朝、時計台前で下車して、時計台を撮影。札幌6時発の旭川行きで旭川へ。ここからは駅前で道北バスのバスカードを購入。ICカードは7000円からのはずだったんですが、1000円から大丈夫とのことで一安心(もともと7000円でも買うつもりだったんですが)。上川まで行きました。途中、建設路側栄町を受信。コンビニに行ったりして、12時01分発特急オホーツク3号で遠軽まで。遠軽から普通列車を乗り継ぎ、釧路まで行きました。釧路湿原のあたりでは鹿ばかりで列車も大幅に遅延。ずーっと警笛が鳴ってて騒がしかったです。

 釧路で一泊して翌日の始発で帯広へ。北海道の広さを実感しました。帯広からは路線バスで十勝川温泉に行き、足湯に入ろうとしたら、なんと冬季閉鎖中。GWからだそうで。当然といえば、当然ですね...。そして、観光バスの日帰りツアーに乗車。途中、とかちむらで昼食&ばんえい競馬見学と日勝峠、夕張のドライブインで買い物。日勝峠のアイスクリームはメッチャ牛乳が濃かった。もちろん路側放送もしっかり録音しました。
 予定より1時間早く新千歳空港に到着し、鉄道で札幌まで向かいます。札幌からは本当は鉄道でしたが、予定がかなり早く動いたので、高速おたる号で乗車。しかし、途中で交通事故があり通行止めとなり、一般道経由となりました。ハイウェイラジオは幸い受信できたのですが。小樽では買い物をしたり、後輩は記念入場券買ったりしていました(もちろん私も買いました)。19時21分の長万部行きで黒松内へ。黒松内の駅前にある、及川旅館で1泊しました。

 旅館では2人部屋で寝ました。他にも工事関係の方が多くいらしたようで、朝早くに仕事に向かわれました。テレビは地デジでしたし、部屋も過ごしやすく、また駅前というのが本当に便利でした。女将さんもとても優しい方でした。翌日、私だけ建設路側北作開を受信しに、7時半前に出発し、寿都行きのバスに乗ります。しかし、路側放送がかすかにしか受信できない。看板なども無く、少々不安でした。あまり満足した結果を得られずそのまま黒松内まで戻り、遅めの朝食をいただきます。鮭や煮物、美味しかったです。
 9時半過ぎの列車で倶知安まで行き、倶知安から道南バスを乗り継ぎます。乗換えでルスツリゾートで降りると、やっぱり倶知安はオーストラリア人が多く、私も50ぐらいのオーストラリア人の男性に話しかけられ、知ってる限りの英語で話していました。ちなみに自信を持って答えられたのは「This bus is bound for Niseko.」(このバスはニセコ行きです)だけです。その方は倶知安に行きたいとおっしゃっていたので。
 12時16分の長距離路線バスで札幌へ。予約が要ると書いてありましたが、特に予約しなくても乗れたみたいです。お客はそこそこといったところ。途中、建設路側石山を受信しました。札幌には少し定刻より遅れて到着し、そこから後輩と一旦別れて、単独行動していました。自分は建設路側篠路を受信しに篠路まで、後輩は札幌駅近くの車掌所?で記念切符を買いに行っていました。さすが鉄だけありまして、後輩は余った時間で地下鉄の「SAPICA」を買って、南北線を乗りに行っていたみたいです。言うまでもなく、私も「SAPICA」は買いましたよ。
 4時に札幌駅で合流し、お土産だけで1時間悩みました。駅弁買ったりしていたら、5時になり、駅から歩いて、中央バスのターミナルまで向かいます。その後買い物などをして、18時20分の高速はこだて号で函館へ。道中、私は受信しながら、上映される映画を見ていたのですが、この前日テレでやっていた「築地魚河岸三代目」(でしたっけ?)と「アマルフィ」を見ちゃいました。まさか映画館行かず、北海道で見れるとは。五稜郭駅前で下車し、吹雪の中30分ほど歩いて、青函フェリーのターミナルに到着。受付をして、待合室のテレビで「明石家電視台」と「タモリ倶楽部」を視聴。後者は遅れネットみたいで、見た奴やっていました(バスの運賃機の回だったかな?)。午前2時という真夜中にフェリーで北海道を離れます。欲望に負けて、船内のカップ麺食べて、寝ました。

 起きたら6時前。もう奥羽本線の普通列車の始発には間に合いません。下船後、諦めて歩いて駅まで行こうかと思いましたが、消雪パイプの水で靴がびしょ濡れ。タクシー使いました。その後、青森から弘前→大館→秋田と来たところで、あの東日本大震災の前震ともいえる、震度5弱の地震発生。津波注意報発令。そして、電車も止まります。秋田新幹線が運転を見合わせた影響で新庄行きの列車も通れないのです。結局、30分ほど遅れて新庄に着きました。そこで買った山形新聞の夕刊には早くも「震度5弱」の文字。この2日後にまさかあんなことが起ころうとは予想だにもしません。新庄からは順調に山形→米沢→福島→黒磯という経路で順調に帰れました。


 実はこの後に震災後ではありましたが、またあちこち旅行していました。帰省も兼ねて。

 震災1ヶ月について、また別記事で書きます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

みーや@栃木

Author:みーや@栃木
FC2ブログへようこそ!

最近の記事
最近のコメント
アクセス解析
月別アーカイブ
カテゴリー
NHK時計(青色版)
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
NHK時計(木目版)
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
リンク
最新記事のRSS

最新コメントのRSS

最新トラックバックのRSS

ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。